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剣山~三嶺縦走 その2

高知 朝倉城

《高知》長宗我部家とも対峙した壮大なる古城「朝倉城」址

2014.9.17 

嗚呼絶景四国哉-20.石と暮らし。石の不思議。瀬戸内海、塩飽諸島は広島で石巡りの一日を。

zekkei2014

王頭砂漠からの景色、隣の手島と小手島が望める。

王頭砂漠からの景色、隣の手島と小手島が望める。

石の真髄に触れられる唯一無二の島

無数の島々からなる瀬戸内海においても、残念ながらマイナー枠に入る島だろう。だけれども、往々にしてこうしたマイナー枠にカテゴライズされる場所にはひっそりと魅力的な何かが眠っていることも多く、そうしたものを追いかけてばかりの人たちが存在するというのもまたひとつの事実だ。
今回紹介する「広島」は、香川県の丸亀港からフェリーで約40分(高速艇だと約20分)で渡ることのできる”石の島”とも、(今のところ)”石しかない島”ともいえる島。逆にいえば、石の真髄に触れられる唯一無二の島だ。

広島は、属する塩飽(しわく)諸島28島の中では最大の面積を有する大きな島(11.84平方km、周囲18.5km)だが、人口はわずか300人足らずでそのほとんどは高齢者。学校はない。今では島内に宿もスーパーもなく、観光で訪れるような場所とはとてもいえない島だ。
けれども、この広島という島自体を形作り、昔から人々の生活を育み、そしてあまりに独特な石が作り出す風景を生み出してきた、「青木石」の存在は島外から訪れる者を十二分に魅了して止まない。

青木石が生み出した広島の生活と圧巻の景観
三野石材店さんの丁場。円形に深く削り続けられた空間は、まるで石でできた巨大なホール。

三野石材店さんの丁場。円形に深く削り続けられた空間は、まるで石でできた巨大なホール。

広島の西部、青木地区が原産で最高品質の花崗岩といわれる「青木石」は、豊臣秀吉が大阪城を築城した際に使用したのが始まりと言われるほどその採石の歴史は古い。
今では最盛期の5分の1程の業者しか残っていないが、主に墓石材として島内の数カ所の丁場(各業者の採石場)で産出が続けられている。その中で、現在は四代目の三野智基さん、弟の浩太郎さんが仕切る三野石材店さんの丁場を間近に見学させて頂いた。かつて四国本土の坂出から石材業で生計を立てるために渡ってきたという先代から、これまで築き上げてきた丁場の圧巻の景観。島の人々が島を削り取るように刻んだ血の滲むような仕事の痕は、人間が人力で作り出す最高峰の造形といえるだろうし、何よりも見る者の胸を熱くさせる。

丁場を案内して頂いた三野石材店の四代目三野智基さん(兄、左)と浩太郎さん(弟、右)、現在は兄弟で青木石の切出しを続けている。

丁場を案内して頂いた三野石材店の四代目三野智基さん(兄、左)と浩太郎さん(弟、右)、現在は兄弟で青木石の切出しを続けている。

王頭山に築かれた自然の石庭「王頭砂漠」
広島へ向かうフェリーから見た王頭山、岩肌がまばらに覗いている。

広島へ向かうフェリーから見た王頭山、岩肌がまばらに覗いている。

石で覆われた広島には、塩飽諸島の最高峰で標高312mの王頭山がある。もちろん、登山道も硬い石の道が続く。途中、山の尾根づたいに長大に築かれた採石場の景観や周辺の瀬戸内の島々(高見島、手島、本島など)ののんびりとした風景を眺めることができるが、何といっても一番の見所は、ほどほどに険しい山道を山頂間近まで登って突如現れる「王頭砂漠」だ。
王頭砂漠は、山肌の表層土の流出と侵食によって作られた砂地だが、何よりもそこに無秩序であるものの、何かの力によって意図して配置されたようにも思える大きな石がコロコロと転がっていて、見ていると胸がすくような美しい景観となっている。この不思議な自然の石庭も、この島の石の力が生んだ極上の造形である。

この3つに且つ斜めに切り裂かれた石など、不思議な造形の石も多数。

この3つに且つ斜めに切り裂かれた石など、不思議な造形の石も多数。

<広島へのアクセス>
丸亀港よりフェリーにて約40分(高速艇だと約20分)、詳細は下記のページかお電話で。
◎備讃フェリー
http://bisan-ferry.jp/
TEL:0877-22-3318

◎広島いろはレンタサイクル
島内を回るには、レンタサイクルも利用できます。
広島(備讃フェリー江の浦待合所)で受付けています。
利用料は500円。
お問い合わせ先
備讃フェリー株式会社江の浦待合所
TEL:0877-29-2060

備讃フェリー株式会社江の浦待合所

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