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嗚呼絶景四国哉-3.高知市を一望!まるで箱庭、五台山。

嗚呼絶景四国哉-4.空から山を。

2013.5.9 

「はたのみち草第1回』
口屋内の沈下橋

共にある橋

壊れる前の口屋内の沈下橋をご存知の方なら、橋脚に白いペンキで大きく数字が書かれていたことを覚えておられるだろう。増水時の水かさを知るために記入されていたもので、右岸側の石垣沿いの道にはその続きの目盛りが記されている。沈下橋を水位計のごとく使って、増水位を測ってしまうあたりも「ここらしい」と思ってしまうのである。

沈下橋で測っていたのは水かさだけではない。
「今年は飛ぼうな?」
校長先生が小学5年生に進級する男の子の方をたたく。口屋内の小学校に通っていた子どもたちは、黒尊川という理不尽に綺麗な川がすぐそこにあるので、あまり四万十川では遊ばない。
ただ沈下橋からのジャンプだけは、男の子が小学校高学年になる頃には「飛べないとマズイ」という雰囲気が濃厚に漂っていた。沈下橋からのジャンプは地域の子どもたちの成長の目盛りでもあったわけだ。

そんな子どもたちの一人が書いた詩が、小学校で取り組んだ地域の地図づくりの表紙に掲載されている。

『修学旅行が終わった。
沈下橋を歩いて帰る。
先生も僕もホッとする。(後略)』

新しい交通手段としてそれまでなかった素材で暮らしの中に現れた沈下橋という構造物は、架橋から60年近くを経て地域とともに歳を取り、馴染んで、いつしか「私たちの橋」になったのだと思う。
沈下橋という当初から水没を覚悟した、コンセプトからしてさほど安心でもない小さな橋に感じている「安心感」の理由を探し始めた僕には、もしかしたらここに暮らす人たちとの関わりの有り様が僕にそれを感じさせているのかもしれないと思えてきたりもするのだ。

(次回は5月10日に公開します)

07A

33.095568,132.804451

はたのみち草 12345678


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