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世界の文化の中心NYで阿波おどりをしてきた⑤

世界の文化の中心NYで阿波おどりをしてきた⑤

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黒尊川で水中散歩![くろそん手帖手描き散歩]

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2013.7.23 

祖谷の暮らし② 祖谷に過ごしたカナダ人親子、
彼女たちの見た祖谷の暮らしと将来のこと

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祖谷に暮らす人々は、誰がどんな車に乗っているかをすべて知っている。決して言い過ぎではない。皆すれ違う車で誰かを判断し、親しい者同士はクラクションで挨拶を交わす。だから、見知らぬ車にはことさら敏感だ。”軽(自動車)にこまい(小さな)女の子を乗せた外国人の女性”。いつからか、そんな見知らぬ外国人親子の噂が祖谷の人々の間で話題に上るようになった。

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古い資料を手に、祖谷での調査のことを語ってくれた

カナダ出身でモントリオール大学博士課程に在籍し、民俗学を専攻するミリアム・グロンディンさん。彼女は国際交流基金の奨学生として、今年の2月から「現代における東祖谷山村<遺産の継承と融合>」というテーマで博士論文を執筆するため、今年7月末までの予定で6歳の愛娘マイリスちゃんと共に祖谷に滞在している。滞在先は東祖谷の中心地、京上にある小さな昔ながらの民宿「平家荘」。ここを拠点に、彼女は祖谷に関する文献を読み、かつての祖谷を知るお年寄りを中心に住民の取材をし、時に古地図を片手にかつての生活道を辿って山に入ったりと、調査の日々を送っている。マイリスちゃんは東祖谷唯一の保育所にも通っていて、今や本当に数少ない小さな子どもたち(保育所には16人の子供たちが通っている)とも祖谷弁で会話できるほど仲良しだ。そんなカナダからやってきた親子に、外国人から見た祖谷と将来のことについてあれこれと話を聞いてみた。

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冬の祖谷、平家荘前で遊ぶマイリスちゃん

彼女が祖谷に来るきっかけとなったのは、10年前、秋田県に交換留学生として初来日した時に感じた複雑な日本のイメージだという。ゆったりとした時が流れ、独特の美しい景観が残る日本の田舎。そして、どこか不自然な道路建設などの利便性を追求するためのいびつな開発。そんな目の前にあった相反する現実が彼女の日本に対するイメージを複雑化させ、その根源を深く追求したいと思うようになった。その後、カナダで学芸員として働いていたが、本格的にこのイメージを解き明かす調査するとすれば、もっと都会と隔絶されたような場所が良いと思っていたところで日本三大秘境と呼ばれる地域のことを知り、その一つ、四国の祖谷に行ってみることにしたそうだ。

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火事の多かった祖谷では昔の写真がかなり焼失してしまっており、景観の変遷をたどるのが難しいそう

ミリアムさんは調査の傍ら、集落に残る古いお祭りに参加したり、お茶摘みをしたり、そばを打ったりと、親子で古くから残る祖谷の習慣に積極的に触れている。こうしたことを通じ、住民の方と深く交流するにつれて、祖谷の将来のことを住民自身はどう思っているのかということに、特に興味を持つようになったと言う。けれども、明快な答えが得られない。どうして多くの若者は祖谷からいなくなってしまったのか、そして、今後祖谷に若者を呼び戻すにはどうしたらいいと思っているのか。祖谷の多くの高齢者は、毎日の生活が忙しいからか、こうした問題を真剣に考えられないのではないか。

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地元の方とお茶摘み、モンペが可愛い

極度の少子高齢化(※1)と停滞してしまった地域の活力、集落の維持、祖谷の将来のこと。ミリアムさんは地元住民からこれらへの明確な答えが得られなかった背景として、地域活動や情報発信の方法がバラバラで連携が取れておらず、一元化されていないことを指摘した。行政も含めて、祖谷を巡り多くの住民たちと話す中で、地域を活気づけるために様々な活動をしている方がいたが、それぞれが単体で動いてしまっていて、なかなか地域全体を動かす力となっていないのではとミリアムさんは感じたそうだ。

(※1) 平成12年から17年(西祖谷山村・東祖谷山村が三好市へ合併時)にかけての、祖谷地域の市町村別人口減少率は全国8位の16.4%、人口は685人減で3,533人へ。平成17年の高齢化率は44.3%。

けれどもミリアムさんは、現在の祖谷は景観の美しさと利便性のバランスが優れていて、ゆったりとした生活を送れるとてもいい場所だと話す。(カナダの田舎は道路も通っておらず、すごく不便だそう) 確かに今の若者は便利な生活に慣れていて、今以上に大変な生活はできないかもしれないが、すでに生活に必要な道路もインターネットも通っている祖谷では、将来に渡って生活していくことができるはずだと。事実、娘のマイリスちゃんは祖谷から車で1時間半程の琴平まで毎週バレエ教室に通っているし(カナダでのレッスンよりすごくいいとのこと)、滞在半年にも満たない現在までで直島や白川郷、九州などへも旅行に行っている。次回また祖谷に戻ってくることがあれば、今の国道沿いの滞在場所(平家荘)よりももっと山の上に住みたいほどだそう。

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一先ずこの7月末でカナダへ帰る2人、マイリスちゃんは帰ったら小学生、七夕の願いは “easy to beginning!”。

私も祖谷へ移住してからまもなく2年になるが、このミリアムさんが感じた祖谷の現状や将来についての感想にはまったく同感だ。地理的な背景として、地域全体の面積が広く集落間の移動も大変な祖谷(※2)では、集落単位での結びつきはまだまだ強固だが、隣の集落の事情は知らないということも多い。ほとんどの集落は急傾斜地の上部に形成されているため、移動には400m近い高低差のつづら折れの山道を上り下りする必要があったりして、目の前に見える集落でも行くのに30分かかることもある。そんな環境の中では、なかなか同じ方向性で地域全体の問題に取り組むのは難しいと感じる。

(※2) 祖谷の区域(旧西祖谷山村、東祖谷山村)は西の大歩危から東の剣山まで東西約50kmあり、車でまっすぐ走っても細い山道で2時間はかかる。面積は334平方km(徳島市の1.7倍)もあり、その広い地域内に80近い集落が点在している。そのうち、平成20年時点で高齢化率が50%以上の限界集落は約半数の35集落に上る。

それでも自分は祖谷での生活は楽しいと感じているし、ミリアムさんと同様に、祖谷全体を活気づけるリーダーとなれるような地元の方もたくさん知っている。そして、一緒に祖谷の未来について語り始めているし、そこから得た同じ方向で活動していけると確信している。ここへ移住した人間が言うのも変だが、祖谷を離れた若い人も、まずは戻って住んでみることから始めればきっと気付くと思う。普通の生活ベースで考えれば、祖谷での生活に極端な不都合さは感じない。たぶん、多くの若者は日本の田舎でも普通に生活を送れることを知らずにいるのではないかと思い始めている。ただし、生活は仕事と共に成り立つものなので、都会とは違った仕事の捉え方は必要だと思う。一言で言えば、生活を維持する上での仕事ではなく、生活があっての仕事という考え方。もちろん、それには都市とは違った意味で高いハードルがあり、より身近で共に生きる生活者の目線で仕事を考える必要がある。

祖谷に過ごした外国人、ミリアムさん、マイリスちゃん親子。彼女たちからは、今自分も悩み考えている問題について、とても意義深い話を聞くことができた。

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