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伊尾木森林鉄道

2013.8.5 

《高知》伊尾木の森林鉄道跡

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ura960

四国は、なんというか、たいした観光地がない。
だが、なんというか、某かの魅力はある。
ぴかぴかと光っていなくても、ぼんやりと光っている。
この「四国裏観光ガイド」とは、
四国のマニアックな魅力をガイドするコーナーである。

四国裏観光ガイドとは

魚梁瀬だけじゃない、高知の森林鉄道

森林県・高知には無数の森林鉄道が走っていた。
有名どころでは橋梁、高架橋、堤、トンネルなどが無数に残り、文化財にもなった魚梁瀬(馬路村・田野町・安田町・奈半利町・北川村)、眼鏡橋やトンネルなどの巨大遺構が残る大正(四万十町)などがあり、それぞれ観光にも資するようにさまざまな整備が進んでいる>>>魚梁瀬森林鉄道遺産webミュージアム
が、、、魚梁瀬のおとなり安芸市の伊尾木森林鉄道も実は結構捨てがたい魅力がある。廃線跡の探訪記はいくつかのサイトがあるのでそちらにお任せするとして、ここではわかりやすい見所をいくつかご紹介したい。いずれも民有地内でも立入禁止区域でもないので、誰でもいつでも見ることがのできる「四国の近代化遺産」だ。

花の高架橋

さて、伊尾木の森林鉄道跡で一番有名な存在なのは、安芸市内から車で10分程度の「花」の集落にある。ちょうど伊尾木川がいよいよ谷へ入ろうという入口にある集落で、安芸市内からであれば高知県東部では珍しい沈下橋を渡ったところにある。

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ここでは、伊尾木川に注ぐ支流と川辺の低地盤を、ガーター橋と高架橋で一気に跨ぐ。前後の路盤は道路拡張や藪化でかなり失われておりどこに路盤があったのかは少々分かりにくいのだが、ここだけは「当時のまま」はっきりと遺構が残っているので分かりやすい。
40-50年前、山盛りの木材を積んだ列車がこの上をガタゴト走っていたことを想像すると、それだけでテツ好きの血が騒ぐ。いや、テツ好きでなくともか?

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写真の通り、高架の構造はコンクリート製の脚に「棒」と形容しても良さそうなコンクリ梁を2本渡しただけのもので、この上に枕木とレールが直接設置されていた。ずいぶん簡素な感じにも見えるのだが、魚梁瀬森林鉄道でも田野町の立岡高架橋などは同じような構造なので、森林鉄道における標準設計仕様だったのかも知れない。

入河内の西坂本橋

花の高架橋と橋梁を過ぎると、伊尾木川の谷は一気に狭くなる。右岸を走る県道沿いにはずっと軌道の路盤跡が付かず離れずで続いていくのだが、その痕跡をはっきりと見つけることはやっぱり「素人」では難しい。ちょっと山の中に入れば石積やら築堤やらが出てくるのだが、そこらへんはこちらの秀逸なレポートを参照していただきたい。

さて、県道をどんどん山へ山へと進むと、大根や酒米づくりでもちょいと知られる入河内の集落へと至る。この集落内には特に鉄道の遺構はないのだが、集落をすぎたところにある小さな峠道を下ると、次なる遺構「西坂本橋」へと到達することができる。
この橋は集落や県道からはほぼ死角にあたるため(県道からであれば、気をつけていればチラチラと見えるところはある)あまり知られた存在ではないのだが、これがなかなか立派。魚梁瀬森林鉄道の小島橋(北川村)などにくらべたら小規模ではあるのだが、橋の手前でキュッとRを描き出す高架橋と、その先に続くトラスの連続美は、なんというのだろうか、ひとことでいうと「たまらん」ものがある。これを言い出したら廃墟のどこも同じかも知れないが、機能的な「用の美」と「無用の美」を同時に感じることができるというか。

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橋を渡る(安芸方面への下り方向)と、山の斜面にはりつくように路盤がずっと伸びて行く。この付近は今でも地元の人たちに使われているのであろう、路面は薮化もしておらず歩きやすい。

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伊尾木森林鉄道でこれだけ歩きやすい区間はどうやらこの付近だけなのだが、道沿いには廃レールも落ちていたりして心が騒ぐ。森林鉄道に限らず廃線跡でレールが残されていることはそれほど多くはないが、こうしてひっそりと残されていると、改めてここが線路であったことを感じさせてくれる。

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ここにあった線路が、かつて山の暮らしを成立させていた。西坂本橋から少し先にある黒瀬地区では、集落の間を抜けるように廃路盤の跡がはっきりと残り、そのまま川辺へと抜ける様が分かる。線路はその先も延々と続き、今では人の気配もまばらな山の奥へ奥でようやく終わりを迎える。

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この長く細長い道を、小さな機関車(だと思う)が木材を積んだ貨車をガタゴトと走り、海岸側の起点である伊尾木土場まで続いていた。伊尾木の海岸沿いには今でもいくつかの木材工場やその跡が残されており、当時の雰囲気をちょっとだけ知ることができるはずだ。

ちなみに下記の参考レポートによれば、山奥の方では枕木とレールがそのまま残されているところもあるようだ。いつか行ってみたいと思うのだが、それ以外今では何もないところだろうから、なかなか行く機会はないいまま、月日が流れてしまっている。

参考レポート
伊尾木林道伊尾木線/別役線跡
伊尾木林用軌道>>>マップがある
廃線跡や廃墟などの勝手な探索は大変危険です。落石や崩落などの危険個所も多く、突然の崩落や滑落などで重大な事故に遭遇する恐れもあります。また、当然ながら構造物に登ったりすることは当然ながら大変危険です。当記事を参考に現地へ赴き、そこで事件事故等に遭遇した場合も、著者ならびに本サイトはその責を負いません。

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