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2015.2.20 

《香川》朽ちゆく・・・屋島ケーブル

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強者どもが夢の跡

山頂から高松の町並みを一望できる屋島。
この場所は、香川を代表する観光地のひとつでもあり、一方で観光客がどっと押し寄せた「良き時代」からの変化に対応できず、いまやどこか哀愁漂う昭和型観光地のひとつでもある。
山頂へのアクセスは、現在は屋島ドライブウエイ一本。名刹屋島寺を訪ねようと思えば、630円というそれなりの額を払って登るほかない。

しかし、ドライブウエイというのも実は懐かしい。思えば、かつては四国でも各地に有料のドライブウエイがあった。香川でいえば五色台、徳島でいえば眉山や祖谷渓、愛媛でいえば西海、高知でいえば龍河洞や横浪、室戸に足摺といったところが代表的なところで、有料道路が整備されるくらいだから当然当時は多くの人でにぎわった場所ばかりというわけだ。
神保町あたりの本屋で四国四県の絵葉書を探していても、これらの場所を紹介する絵葉書には事欠かない。特に屋島や室戸の充実ぶりは半端なく、昭和30〜50年代の栄華が偲ばれる。

美しい廃墟、屋島ケーブル

さて、その時代を感じる遺跡が屋島ケーブル(正式名称屋島登山鉄道)跡。
ほんの10年前まで、ガタゴトガタゴトと20分おきにレトロな電車が山頂と麓を結んでいた。
開業は1929年(昭和4年)。
戦時中の不要不急路線としての廃止期間を挟んで、1950年から2005年まで運行されていた。

これもまたレトロな風情の琴電屋島駅から幅広の緩い坂道を上がって行くと見えてくるのが屋島登山口駅跡。かつてドライブウエイが開通するまでの時代、多くの車やバスでにぎわったのであろう駅前広場のまわりには食堂や宿の廃墟が残されている。

屋島ケーブル屋島登山口駅

屋島ケーブル屋島登山口駅

駅舎の横から構内に入ると、一番上の写真のように、車両がそのまま留置されている。
昭和25年の営業再開時からずっと現役だったという義経号(手前)と辨慶号(奥)だ。
まるで今にも走りだしそうな絵面だが、この風景はすでにおかしい。
ケーブルカーは基本的には2両の車両が一対となって運行されるので(だから中間地点で必ず行き違いがある)、義経号と辨慶号がこうしてひとつの駅に留置されているのは普通はありえないのだ。調べてみると、山上駅に留置されていた辨慶号の滑落が考えられるということで、2年ほど前に静々と下ろされてきたものだという。

屋島ケーブル

ホームに立つと、あちこちにタイルでつくられた細かい造作がみられる。

屋島ケーブル

レトロなデザインがたまらない辨慶号。山上駅から下ろされてきたためにホームからはみ出るように止められていて、車体の傷みはホーム内にある義経号に比べると進行しているように思える。

屋島ケーブル

山上駅へと続くレール。架線もそのまま。レールもそのまま。

屋島ケーブル 屋島山上駅

頂上側の屋島山上駅は国の近代化産業遺産にも認定されており、特に何か積極的な保存策がされているわけではないが、なんとなく「触れられること」なく時を重ねているような状態だ。

屋島ケーブル 屋島山上駅

屋島山上駅構内。駅名標がそのまま残る。
ドライブウエイ開通直前の1960年には、全国のケーブルカーで一番の利用者数を記録したという。
幅広の通路が当時の利用者数の多さを物語る。

屋島ケーブル 屋島山上駅

屋島山上駅構内全景。

屋島ケーブル 屋島山上駅

駅から急角度で下っていく線路。屋島山上駅の直下にトンネルがある。
撮影に出向いたのは夏のことだったので、薮化が進んでいた。

DSC_4147

屋島山上駅から10分ほど歩くと屋島寺があり、高松市内を一望できる。
その美しい夕景はこちらの記事を参照。

しかし、それにしても「駅」からあまりに屋島寺が遠い。
廃止の理由は簡単なこと。「屋島」ブランドの地盤沈下、ドライブウエイの利用者増といったことも大きいが、何よりも駅から屋島寺までの距離が、ただただ遠かったのだ。

記者の地域への視座が明確に感じられる、近年の地方新聞では珍しかった骨太連載「追跡(四国新聞社)」でも、屋島ケーブル末期の様相が描かれている。

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