物部の山奥、大西集落にて。
標高1000メートルを超える剣山系の急斜面にある高知県香美市物部町(旧物部村)。
香美市を流れる物部川に沿って車を走らせる。遡上するかのように徐々に標高は高くなる。
物部町の中心地大栃の集落から物部川を逸れ、上韮生川(かみにろうがわ)に沿って、さらに遡上する。
川幅は狭くなり、山の斜面はより急峻になる。
杉林に囲まれたワインディングロードを走らせること、およそ20分。
ここに高齢化率が突出して低い集落がある。
大西集落。
きっかけをつくったのは、藤田希民子さん
なぜ、大西だけが若いのか?
その理由が知りたくて、ここに暮らす藤田希民子さんを訪ねた。
日当たりのいい斜面。遠くには、雪で白く染まった剣山系の山々。小さな畑では、芋などを育てる。
10年を費やして大工さんと一緒に改修した木造平屋建ての家屋。
広い土間と台所、お勝手の外には、子ども用の木の机。
そこでは次男の竜道くん(3)が、お昼ご飯を近所の野良猫と一緒に食べていた。
自然を求めて、奈良から高知に移り住んだ希民子さん。
2003年、旧物部村の別の集落から二人の子どもと一緒に大西に移り住んだ。
当時、大西には、17人が暮らし、そのうち14人が65歳以上だった。
周りはみんな高齢者。「私がみんなの役に立たなければ」との思いを強く抱いていた。
しかし大西の人々はよく働き、元気だった。
「お年寄りは宝だと思った。都会では高齢者を邪魔者扱いするけど、地方は違う。
おばあちゃんたちが元気なうちに、その知恵を学ばなきゃ」。
そう感じた希民子さんは、野菜の育て方、石垣の修復方法、集落の決まり事・・・
ここで暮らすための術をすべて、教わった。
希民子さんはいま、「山の石けん屋 西熊家」の屋号で、手作り石けんを製造販売する。
鹿、猪、オリーブ油、どぶろく、ぬか・・・物部で取れたものを多用する。
口コミで評判は広がり、いまでは品薄な状態が続いている。
朝の日差し、降り注ぐ星空、冬の澄んだ空気――。
物部を、大西を、愛している。
都会では決して味わえない暮らしがここにはある。
希民子さんの暮らし方、物部への愛は、友人や知人に伝わり、少しづつ、移住者が増えていった。
いま、大西の高齢化率は30%。 20人11世帯のうち5世帯13人が移住者だ。
物部町全体では昨年4月時点で高齢化率55%だが、大西だけ突出して低くなった。
代々木から移った、「靴の学校」
希民子さんの家から歩いて5分。
そこに東京から移住してきた勝見友彦さんと妻の麻子さんが昨年春、「靴の学校」を開校した。
それまで東京都心のJR山手線代々木駅から徒歩約10分の場所で、約250人の生徒に靴作りを教えていた。
「何世代もかけて紡いできた風景と暮らしに魅了されました。
山奥のゆったりとした時間の中で、暮らしの道具を自分でつくる魅力を伝えたい」。
それが大西を選んだ理由だ。
築年数不明の古民家を買い取り、教室兼住居として使えるよう、床、廊下、台所など、家のほぼすべてを改修した。
学校は、火曜、水曜、日曜の週3回。
生徒はまず自分の足を正確に測定され、作りたい靴の型を決め、手ほどきを受けながら、
革の裁断や縫製などを経て、1足の靴を仕上げていく。
靴の種類や個人差はあるが、10回ほどの授業で1足の靴が完成する。
勝見さんは、「靴づくりを通して、ものづくりの仕組みが分かれば、ものに対する責任が生まれ、
大切に長く使うようになる。靴づくりは、そこが一番の魅力です」。
base works
高知県香美市物部町大西82番地
0887-58-3566
地域で暮らすことを楽しむ人々の「気」
四国の自治体や、山あいの集落はいま、急激な高齢化と人口減少に喘いでる。
四国4県の中でも、高知県の高齢化率は昨年10月時点で全国ワースト2位、
人口減少率もワースト4位と突出している。
住民に占める65歳以上の人口の割合を示す高齢化率。
これが高いということは、地域の伝統行事も、山の手入れも、畑仕事も、溝の掃除も、立ち行かなくなる。
さらには近い将来、集落が消滅する可能性さえあるのだ。
中山間地の人口減少という大きな流れの中では、大西で起きていることは小さな小さな波紋かもしれない。
しかし、大西集落の消滅は、当面、心配する必要はなくなった。
希民子さん、夫の竜也さん、長男の大地さん、長女の藍さん、末っ子の竜道くん、友彦さん、麻子さん・・・。
地域で暮らすことを楽しむ人たちの「気」が、大西にはあふれている。
大西はいま、活気に満ちていた。
2015年1月、まだ住む場所は決まっていない。