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農家民宿「どこも山」⑤ さいごに。

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祖谷の暮らし① ”お茶の大陸” 四国のまんなか、祖谷の人だけが飲む幻の番茶とは?

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2013.6.20 

農業の可能性を示す酪農家 広野 豊さん①

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(有)広野牧場 広野 豊さん

1977年生まれ・香川県木田郡三木町出身・香川県木田郡三木町

広野牧場・広野 豊さんが一番大切に思うこと、それは自分を育ててくれた田舎。
「そんなに魅力がないでしょうか?
都会と比べて給料が安いからといって劣っているでしょうか」と問う。
広野牧場のある香川県木田郡三木町で「仕事」と「人」を育て、
農家だからできること、発信できることがあるのではないかと、
農業の可能性を示してくれる酪農家がいる。

物心ついたときから牛がいた

「もちろん仕事がなくては田舎でも暮らせないのですけど、
生活できるだけの仕事があれば充分やっていけるし、
田舎なりの暮らし方がある。田舎でなくてはいけない理由があります」

もともと広野さんは農業はしたくなかったという。子供の頃の広野さんにとっては決して楽しいものではなかった。牛を育てることは家の仕事であり、牛の世話をしてからでないと遊びに行かせてもらえなかったからだ。とにかく一刻も早く友達と遊びに行きたい!段取りよく早く仕事を終わらせるやり方を子供なりに考えながら手伝いをしていたという。
工芸高校建築科を卒業後、工務店に就職。以来約10年間現場監督の仕事をしていた。建築現場の仕事がとても好きだった。仕事の仕方や考え方、その上で得た信頼や、評価、仕事とは何なのか。現場監督を通して学ぶことはたくさんあったし充実していた。
ある時、なぜこんな現場監督という重要な職務を若くして任せられ、信頼を得ることができているのだろうと考えることがあった。体にしみついた仕事の要領や段取り。もしかして、この自分のベースになっているのは子供の頃の、あのいやいやながらも自分なりに工夫して手伝っていた牛の世話なのではないか。今があるのは、牛や親が教えてくれたのだと気づいた瞬間があったのだ。その時、広野さんは牧場の仕事を継ぐことを考え始めたという。

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お前は経営をしろ!

広野牧場は創業者である広野さんの父親が規模拡大に方向転換を決定。有限会社広野牧場として、「家業」から「企業」へシフトすることに。これが広野さんが後継者になる決定的なきっかけとなった。
その後、広野さんは平成18年に入社、後を継ぐことになる。とはいえ、農業の経験はゼロに等しく、農業関係者の会合に出ても、「昔はこうだった」という話から始まるので、若い広野さんには話をする機会は全くなかった。
そんな中、広野さんを元気にしてくれたのは、他業種の経営者との月1回の交流会。「お前の仕事は何や、人に任せられる仕事は任せて、お前は会に出てこい!お前の仕事は経営だろ、経営者の仕事をしろ。」と叱咤激励を受け、それまで現場に張り付いていた広野さんにとっては大きな変化の時期だったという。夢をカタチにしていきたければ、牧場がなくては何もできない。スタッフと共有できる基準は数字、それは会社経営でも農業経営でも同じことだ。広野さんの中には経営者としての展望が広がり始めた。

次回 農業の可能性を示す酪農家・㈲広野牧場 広野 豊さん②へ続く

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