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祖谷の暮らし③ 「篪庵」とは何なのか [part1] 「アレックス・カーと篪庵」

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「はたのみち草第9回』
下田の太鼓台(2)

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2013.9.16 

淡雪のような和三盆

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季節の花をかたどったちいさな一粒を口にふくむと、すーっとほどけるようにしてとけていく。わたしは、めったに雪が降らないこの香川県に、雪が舞い散った日のことを思い出した。手のひらで受け止めては消えてゆく、そんな、淡雪のようなお菓子だとおもった。

 

和三盆(わさんぼん)は、香川県産のサトウキビでつくられていて、季節の模様をかたどったものはお茶菓子に用いられるほか、細かい粉状のものはコーヒーや紅茶に入れたり、お菓子づくりに使ったりもする。現代の砂糖にくらべて、甘味がやわらかく、なんというか、甘味にぬくもりがあって、食べた人はみな「上品な甘さ」と称える。

三谷製糖「羽根さぬき本舗」で使っていたサトウキビしめ車。これでサトウキビの汁を絞っていた。

三谷製糖「羽根さぬき本舗」で使っていたサトウキビしめ車。これでサトウキビの汁を絞っていた。

和三盆をつくるには、時間と手間がかかる。
三谷製糖「羽根さぬき本舗」では、収穫したばかりのサトウキビの汁を絞り、釜で炊いてアクをとりのぞき、不純物を沈殿させたうわずみ液のみを取り出す。そうしてできたものを「白下糖」という。
ここからが、職人技である。できあがった白下糖を、職人が力をこめて板に押しつけるようにしていく。この手作業を「研ぐ」というのだか、そうすることで、砂糖の結晶が丸くなり、糖蜜が抜けやすくなるのだ。いいあんばいまで研いだら、重石でじわじわと一昼夜かけて糖蜜を抜き、ふたたび研ぐ。それを、5日間くりかえす。そうしてできあがった和三盆糖は、舞い降りた雪のようにこまやかで繊細な甘さになるのだ。

夏のサトウキビ畑、収穫時期を迎えるのは12月。

夏のサトウキビ畑、収穫時期を迎えるのは12月。

香川県の和三盆の歴史をひもとくと、江戸時代にさかのぼる。将軍、松平吉宗が糖業を奨励、親藩であった讃岐の高松藩では藩主の松平頼恭(よりたか)に命じられた平賀源内が砂糖づくりに取り組み、その弟子の池田玄丈と向山(さきやま)周慶に引き継がれた。しかし、原料となる良質のサトウキビが手に入りにくいことから、なかなか成功しなかった。

あるとき、周慶が、四国八十八箇所めぐりの途中で行き倒れたお遍路さんを助けることになる。その人、関良助こそがサトウキビづくりがさかんな奄美大島から訪れた旅人。国に帰った良助は、ふたたび讃岐を訪れ「命を救ってくれたお礼に」と国外不出のきび種を持ちこんでくれたそうだ。

お遍路文化である「お接待のこころ」が、こんなかたちで報われたなんて!
お遍路さんを助けるのは、四国で古くから息づいていた文化のひとつ。いまでも四国の人は、外から来た人をあたたかく迎え入れる性がある。

ちいさくあまい一粒は、わたしに、四国人であることの誇りを教えてくれた。

三谷製糖「羽根さぬき本舗」
香川県東かがわ市馬宿156-8

香川県東かがわ市馬宿156-8

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