そもそも、あのとき、ぼくにはこどもがひとりひとりばらばらなんだ
ということさえ、わかっていなかった。
春という季節の一期一会を、いちばん感じるのは先生という職業なのではないかと思う。
おとなになると、区切りをつける瞬間さえ自分で選択していかなければいけないけれど
学校という空間は、否応なしに春がくるたびに学年が閉じて、そして新たな学年を迎える。
少しのさみしさや、たくさんの希望を胸に巣立っていく姿を
どんな気持ちで見送るんだろうか、迎えるんだろうか。
そんなことを春の雨が降りしきる幼稚園の一室で先生に訊ねると
「でもね、同時にリセットでもあるんだよ。毎年1からのスタート。
未来をつくっていく仕事に関われて僕は本当に幸せだと思う」と
皺まじりの顔でにっこり笑いながら答えてくれた。
残されるほうがさみしいだなんて、四国へ来るまで知らなかった。
旅といえばどこかへ出向いて、見送られることがほとんどだったから。
だけど満足した顔で去ってゆくひとを見ながら、
いっしょに過ごした時間が未来のどこかで
少しでも笑える瞬間であったらいいなとそんなことを思った。
(写真:徳島県名西郡神山町の小学校校庭)
あらすじ
夕方五時までは家に帰らせてもらえないこども。娘に手を上げてしまう母親。求めていた、たったひとつのもの―。それぞれの家にそれぞれの事情がある。それでもみんなこの町で、いろんなものを抱えて生きている。心を揺さぶる感動作。
中脇初枝
1974年、徳島県生まれ、高知県育ち。高知県立中村高等学校在学中に、小説『魚のように』で第二回坊っちゃん文学賞を受賞してデビュー。