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《徳島》青春の一番札所、霊山寺

秋の高知で、藤川孝之・青木隼人・竹内紙器・terzo tempo「絵、音楽、箱と印刷、カフェ。出会い、生まれる場所。」

2013.10.3 

プラチナプリントのために生まれた土佐和紙
「土佐白金紙」開発ストーリー[2]

kamigami

>>>第1回を読む

土佐和紙とプラチナプリントの出会いは再会から。

それは2年前の秋、2011年10月26日(水)。西丸雅之氏(フォト・ギャラリー・インターナショナル マネージャー)と吉岡さとる氏(写真家)の再会にさかのぼります。
西丸氏は商用で来高、以前より知人であった両氏と私は、高知市中心街にある「ひろめ市場」で食事をしながら近況報告に花が咲き、写真談義で盛り上がっていたのでした。様々な話に及ぶ中、西丸氏が和紙について話し始めた時のことを今でも鮮明に思い出します。
西丸氏は日本でも有数のプラチナプリントプリンターであり、また写真技法研究家というお顔も持ち合わせており、プラチナプリントの支持体としての紙、とりわけ和紙への造詣の深さは並外れていました。そこで、プラチナプリント専用の和紙開発を構想中であることを話してくださったのです。

「プラチナプリントにベストな和紙を作ってみたいんですけど、職人さんと一から一緒に開発というのはなかなか難しくて。」
日本各地に和紙産地はあるものの、西丸氏の理想とする和紙を直接職人とやりとりしながら漉き上げていくことは、まだ実現していなかったのです。
プラチナプリントは、通常洋紙のコットン紙を用いるのが主流なのですが、昨今はプリントの支持体として和紙が非常に高い評価を得ており、ファインアートの世界では和紙を用いることが新たな付加価値として人気が高く、また和紙では雁皮紙を用いるのがポピュラーですが、しかしそれ専用に漉かれたものではなく、また海外ではKOZOとGANPIと書かれていても実は表示と違う、ということも多々ありプラチナプリント愛好家にとっては信頼できる品質の和紙を入手するのは非常に困難であるという状況も伺いました。

一方、吉岡氏は吉岡氏で、土佐和紙を求めている人々は世界中にいると確信があったようで、というのも、プラチナプリント/オルタナティブプリント(手作り写真技法)について、過去に海外の写真ギャラリーなどで和紙を使った写真作品を目にする機会があったり、アメリカ人写真家フランシス・シャンバーガー氏と和紙について話をすることもあったので、ニッチであってもグローバルなニーズを感じていたのでした。

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「あ、職人さん知ってます!」
タケムラデザインアンドプランニング・タケムラナオヤ、竹村愛、山中裕美子、そして私で運営する「土佐和紙プロダクツ」を通じて、数年前より土佐和紙の産地・いの町を中心に活動する、若き紙漉き職人グループ「土佐の山・紙資源の会」とつながりがあったのでした。

その時3人はひらめいた!
和紙を作りたいと思っていた人、ニーズを感じていた人、職人さんとつながりのあった人。そして、和紙を漉ける職人さんがいる!つながっている!
産地の紙漉き職人、しかも同世代の若い職人さんたちと一からプラチナプリントのための和紙が開発できるかもしれない。そんな「縁」を感じた瞬間でした。

早速相談してみようということで、この計画を「土佐の山・紙資源の会」へ連絡。日頃より何かと土佐和紙のことでお世話になっていた「いの町地域雇用創造協議会」にも提案、同会も開発への参加が決定。その後いの町紙の博物館、いの町へと協力体制は広がり、それぞれの土佐和紙への思いがつながったこの運命的な出会いから、プラチナプリントのための土佐和紙開発プロジェクトはスタートしたのでした。

次回はプラチナプリントのために生まれた土佐和紙「土佐白金紙」開発ストーリー[3]「土佐の山・紙資源の会の皆さんとの初顔合わせ」へと続きます。

開催中!
いの町紙の博物館 特別展 土佐和紙とプラチナプリント/オルタナティブプロセス:新たな価値創造への試み

Special Exhibition : Creating New Value with Tosa Washi Platinum & Alternative Photo Processing

四国、紙々のはなし。 12345


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