青いモノは青い。
旅が好きだ。
旅をすると、今まで見たことのないものや食べたことのないもの、聞いたことのない言葉に触れることができる。だから、なんだかんだと年に数回は四国から出て、美味しいものを食べにでかけてしまう。
興味の範囲は主に国内。海外に出かけてしまうと、本格的に何もかもが違いすぎて「青く」すら見えない。もはや、光って見えてしまうというか。
その点、国内は、いい。よその土地は訪れると途端にきらっきらっと青く見え、私の地元である高知は途端になんだかぼんやり霞んで見える。ああ、高知はこういうところがダメだなあとか、こんな人いないよなあとか、こんな風景ないよなあと、なんだかものすごくブルーな気持ちになってしまう。だけど、大阪からなら徳島の眉山が見えた瞬間に、羽田からならファイナルアプローチの7分間に見える土佐湾岸の街の灯に、そして何より高知ICを越えて間もなく見える、高知の街が一望できたその瞬間に、やっぱり高知が落ち着くんだわなあと、「青く見える時間帯」が終了するのである(ただし東京の場合には、空港から市内までのあまりの暗さになんとなく嫌気が差す時間帯が残る)。
隣の芝は青く見えるという。海外でもThe grass is always greener on the other side of the fence.ということわざがあるというから、これは人類共通の摂理らしい。この「webmagazine四国大陸」はできるだけ四国外の人たちに「四国は青いのよ」と思って貰いたいサイトなのだが、四国のことばかり書いていても正直「この島、ステキやん」とまるで島田S助の自己愛丸出しが移ったかのようで居心地が悪い。たまにはヨソに出て、ヨソがいかに青く見えるのか、はたまたいかに青く見えなくて四国が青く見えることがあるのか、そんなことを改めて確かめてみようと思うのである。
というわけで、四国大陸のオープン直前だというのに、温泉やら火山やら博多やらと、なんだか少なくとも私にはいつでも青く見えている火の国・九州を久しぶりに訪ねてしまったので、そのことを書く。ただ、普通に書いてしまうとただの旅行記になってしまって何のサイトかよくわからなくなるので、あくまで四国との比較を重ねながら、他山の石とするために、だ。
まあどうなることやらわからないが・・・。
職能に生きる町
今回そもそも九州を訪れた最大の目的は、佐世保バーガーをいくつも食べることである。初めて佐世保に行ったのは今から7年前のことで、その時の美味しさったらもう!と、ふと思い出してはその距離に地団駄を踏むこと数度。以来何度も佐世保上陸の機会を窺いつつも、いつの間にやら月日は流れ、今日の日を迎えた。
四国と九州は、思いのほか近い。四国・九州間には八幡浜や三崎から別府、佐賀関、臼杵へ、宿毛からは佐伯への船便があり、それぞれ深夜便もあったりするからうまくすれば上陸日1日をまるまる旅に使うことができる。また、高速道路がようやく四国のはしっこへと伸びてきたことで(余談:都会の人は田舎に高速なんていらんだろとかいうけど、四国はここ20年でやっと高速がのびてきた。一方で、高速が既にあるのに新幹線をほしがる北陸や九州、北海道は欲しがりすぎだろと思うのである。)、これらの出航地までの時間もずいぶんと短くなった。
今回は宿毛〜佐伯の深夜便。使い込まれた船だが寝るだけなのでなんの問題もなく、午前3時過ぎには佐伯港へ到着。寝ぼけ眼をこすりながらも佐伯からしばらく高速を走らせて、別府の手前のSAで車中泊を数時間。なんせ時間がないのでそこからまた車を飛ばして、渋滞に捕まりながらも午前中には長崎県波佐見(佐世保市)へと至る。別府からなら2時間半と少しの距離だ。

白山陶器のショールーム。にくたらしいかわいさなのである。
波佐見は焼き物の町だ。有田や伊万里に隠れた存在だが、「白山陶器」をはじめ若い世代に受けているのはどちらかというと波佐見のような気がする。最初に訪れたのは陶郷・中尾郷地区。GW中は街中や伊万里・有田で陶器イベントをやっている関係で無人に近い状態だが、通りすがりのおばちゃんに話を聞くと、ほとんどの住民が焼き物に関わる仕事をしているという、地域がまるごと同じ職能に属する人が集う町という意味で、なんとなくだが「天空の城ラピュタ」のパズーが暮らしていた町を思い出す。
こういう同一の職能人が集う町は、もはや四国では少ない。同じ陶芸で砥部(愛媛県)にはちょっとその風情があるけれど、今やすっかり松山に呑み込まれつつある感じがする。過去に遡れば愛媛の別子銅山(新居浜市)や高知の白滝鉱山(大川村)があるが、これらも九州の筑豊や三池と同じように、その歴史を既に終えている。室戸や南予などには漁業の町というイメージがあるが、それも遠洋や捕鯨、牡蠣、真珠など全体的に衰退の流れにある中で、同じ職能が集う町とも言いにくくなってしまった。
職能集落というのは、その職能をもたらす地域の物理的・人的資源が枯渇すれば一気に衰退する。産業構造の転換が進まなければ、炭鉱亡き後の夕張や鉄道拠点亡き後の音威子府(人口の3割が鉄道関係だった)などのようにいつまでも苦しみ続ける町になってしまうだろうし、諦めてしまえば別子や軍艦島のように全てが「終わり」になる。製陶のような技術に依存した職能であっても、その技術を必要とする市場を切り開くことができなければ、やはり衰退していくしか、そこそこ苦しみながら続けていくしかない。身近なところでは、かつて日本でも有数の紙産地だった土佐和紙が大規模化に出遅れ、伝統工芸としても産業用紙としてもどっちつかずになっている現状もそのひとつだろう(まあそれで良かったと言える部分もあるのだけど)。
いずれにしても、資源が枯渇すればなんだか悲しい結末を迎えることになるわけだが、それがうまく機能している間の職能集落や職能都市のなんと「魅力的」なこと! 「職」と「(職で成立する)暮らし」が共にあるということが人間的にワクワクさせられるのだろうか、なぜだか理想的な地域の姿に見えてくるのだ。パズーの暮らす街がなんかえいな〜と思う理由も(それを言えばドーラの海賊船だってそうかも知れないが)、軍艦島がいつまでも強力な人気を誇っているのも、ラッパがいいとか廃墟がどーしたとかそんなことよりも、そこに暮らす人々が皆同じ釜のメシを食う仲間である(あった)ということへの「なんとなく、DNA的に、いいな」というところなんじゃないかと、勝手に思うわけである。

左/波佐見陶器まつり。130件にものぼる窯元等が出店しており一日じゅう大賑わい 右/ステキなお店「HANAわくすい」の奥の方での陶器直売。波佐見へ行ったらこのお店は必ず行くべし。
さて、波佐見ではその後「波佐見陶器まつり」をじっくりと回り、いくつかの器をゲットした。しかしおまつりだけあって会場の公園は全てが器に覆われているような状況で、もはや何がよくて何が悪いのか、さっぱり分からない。安くは買えるのでいいんだけど、目利きのできない自分レベルの人間なら普通の日に普通に買いに来た方が良さそうだ。
波佐見を出て、次は今回の旅のメインの目的地、佐世保市内へ。職能という意味では、ここは古くからの軍都(現代日本で「軍都」と書くとなんとなく変な感じだが)である。高速で佐世保へ入った途端、港の先にでっかい空母が見えたりする(調べてみると「強襲揚陸艦」らしい)のだから、小さな護衛艦ですらほとんど縁のない高知県人にとっては、もうこれはちょっとしたショックなのである。(つづく)